これは、湯浅玲子が月刊「ショパン」に2年間、抄訳として連載、改めて上下2巻の全訳本として出版となった。ポーランドのピアニスト、作曲家で政治家パテレフスキの自伝は1940年4月に内山敏(河出書房)、9月に原田光子(第一書房)の訳で出たものの、完訳ではなかった。湯浅が「ショパン」の出版先ハンナから依頼を受けた形で訳したもので、パデレフスキの生い立ちから1914年、第1次世界大戦勃発までの前半生の回想となっている。湯浅によると、1914年から1937年までの回想録は、パデレフスキ自身がチェックすることなくこの世を去ったため、未出版のままとなっている。この前半生だけとはいえパデレフスキの生涯、19世紀から20世紀前半までの音楽史を知るには貴重な記録だろう。
訳としては読みやすいとはいえ、ニコライ・ルービンシュタインをニコラス・ルービンシュタイン、オーストリア皇太子フランツ・フェルディナントをフランシス・フェルディナントと英語読みにしている。人名はあくまでも原語表記が原則であることを心がけてほしい。まえがきで、1940年を太平洋戦争勃発の年としているが、1941年である。歴史上のできごとの年代はしっかり覚えることが肝心である。再版の場合、こうした点はしっかり改善してほしい。
全2巻とはいえ、大変優れた訳、文章であり、貴重な文献となろう。
(全2巻 ハンナ 3400円+税)
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