僅か35年の生涯にあらゆるジャンルで名作を残したモーツァルト晩年の1787年~1791年の創作、社会的地位、旅行を新しい視点でとらえた研究書として注目すべき1冊である。日本の音楽学を代表する磯山雅の訳で出たこの書は、原書の英語版、ドイツ語版を参照した上で最新情報も取り入れた労作である。
この時期のモーツァルトは借金続きで、経済的に困窮していたとされた。一方、オーストリア帝国宮廷作曲家、聖シュテファン大聖堂副楽長といった社会的地位も得た。ヴォルフはモーツァルトが遺した断章も分析して、モーツァルトが試みた要素、作曲上の動機展開、楽器用法での斬新さに注目した。また、オペラ「魔笛」、「皇帝ティトゥスの慈悲」での新たな取り組み、絶筆となったレクイエムでの試み、3大交響曲、第39番、K.543、第40番、K.550、第41番、K.551「ジュピター」、ピアノ・ソナタ、K.533-K.494の再評価も行った。舞曲での試みにも光を当てている。
こうしたモーツァルトの取り組みが先輩ハイドン(1732-1809)に大きな影響を与えたことは確かだろう。ハイドンがロンドンで初演した交響曲、ピアノ・ソナタ、Hob.49-Hob.52の4曲が示している。その意味でも、この書は重要である。ベートーヴェンにも大きく影響しただろう。
ともあれ、これだけの労作が日本の音楽学を代表する磯山氏の訳で出たことは大きい。ご一読を勧めたい。
(春秋社 2500円+税)
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