中村勘三郎と坂東三津五郎。共に1955年生まれで、昭和・平成の歌舞伎界を支えた名役者でありながら、円熟期に惜しまれつつ世を去った。勘三郎は2012年、57歳、三津五郎は2015年、59歳。誰もがその早世を惜しんだ。
この2人に接していた演劇評論家、長谷部浩が勘三郎が天才子役、勘九郎、三津五郎が踊りの家、坂東家に生まれ、八十助として修業を続んでいった時期から2人の死までを見つめ、語った名著で、新書版とはいえ、歌舞伎への愛情、畏敬の念がにじみ出ている。
勘三郎は「一条大蔵卿」、「寺子屋」、「鬼揃紅葉狩」を見ている。「寺子屋」は中村福助、市川猿翁、尾上菊五郎、坂東玉三郎が揃った、見事な舞台であった。「鬼揃紅葉狩」も市川猿翁、坂東玉三郎との共演で、最後は「澤瀉屋」、「中村屋」と掛け声が飛び交ったことを思い出す。1998年のNHK大河ドラマ「元禄繚乱」で大石内蔵助を見事に演じている。1975年の大河ドラマ「元禄太平記」では大石の息子、主税を演じていたこともあり、それが調和して、素晴らしい大石を演じたことは今でも印象に残っている。今思うと、勘三郎は「仮名手本忠臣蔵」でも大石を演じたかっただろう。それが叶わず亡くなったことは残念である。
三津五郎は2014年8月の歌舞伎座、納涼歌舞伎公演での「たぬき」が素晴らしい舞台で、これが最後になったことを思うと感慨深い。死んだと思われた商人が息を吹き返し、愛人の許へ行ったら、新しい恋人ができていた。ここは全てを捨て、大商人となったものの、自分の息子が父だとわかると、元の家に戻っていく。面白おかしな物語の中に人間の孤独、寂しさをにじませていた。八十助を名乗っていた頃、1978年のNHK朝の連続テレビ小説「おていちゃん」では、主人公の兄役を演じた。歌舞伎役者になったとはいえ、町の芝居小屋ではもてはやされても帝国劇場のような大舞台に出ても端役だけという悲しさも味わう現実をリアルにえがいた。
長谷部は2人の活躍ぶり、人間としての魅力を描きつつ、芸への執念、新しい試みへの挑戦をつぶさに観察、愛情をこめて筆を進めていく。歌舞伎を真に愛し、理解、かつ観ている人しか書けないだろう。天才と言われても精進を重ね、新しい試みに挑戦する勘三郎。踊りの名人としても素晴らしい舞台を見せる三津五郎。観察力、洞察力の素晴らしい筆致で2人の歌舞伎人生を追い続けた。円熟期での死を惜しむ心情が伝わって来る。
歌舞伎を真に愛する人にはお勧めしたい1冊である。
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admin (木曜日, 21 4月 2022 05:51)
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