シューベルト、シューマン中心に取り組んで来た伊藤恵がいよいよ、ベートーヴェンに挑んだ。その第1弾としてソナタOp.53「ヴァルトシュタイン」、Op.57「熱情」という中期の傑作を選んだ。
「ヴァルトシュタイン」第1楽章。どっしりした重量感。抒情性も十分。展開部もじっくり味わい深いとはいえ、スケールの大きさも忘れていない。円熟味が感じられる。第2楽章。序奏。深々とした歌心、渋みのある音色。伊藤が円熟した、見事な演奏を聴かせる。ロンド。主題が深々とした音色でじっくり歌われる。第1エピソードはイ短調からハ長調に転じ、主題が復帰。中間部の対位法。名人芸の要素があっても、ベートーヴェンの音楽ではひけらかしではない。主題の展開。抒情性たっぷりに歌わせ、主題へつないでいく。第1エピソードがハ長調で現れる際にもコーダへとつなげ、スケールの大きな演奏で、歌心も併せ持っている。素晴らしい。
「熱情」第1楽章。ここでも円熟した伊藤の演奏が聴ける。楽章全体を支配する第1主題。「運命の動機」も聴こえ、第2主題となり、全てを否定する。変イ長調で提示される主題を第2主題とする見方は正しくない。展開部は第1主題中心で、ベートーヴェンの思いのたけが爆発する。再現部でも激しいドラマが全体を貫き、コーダとなる。ベート―ヴェンが繰り返しを置かず、バラードとしたことが頷ける。ベートーヴェンの告白を聴く思いが強い。第2楽章。抒情性豊かな歌が聴こえる。変奏ごとに気分が高揚、歌心も深い。主題が回想、第3楽章に入る。
伊藤の円熟味、ドラマトゥルギーの表出も十分、スケールの大きな演奏になっている。コーダでの爆発力。円熟した伊藤の境地を垣間見る。
アンダンテ・ファヴォリ。「ヴァルトシュタイン」の第2楽章として作曲したとはいえ、ロンドに序奏部を置いたことでかえって作品の重さが増したことを思うと、ベートーヴェンとしては成功した。こちらも音楽として聴くと抒情性豊かとはいえ、かえってソナタ全体として長くなったことは否めない。それでも、伊藤の演奏を聴くと、ロマン性豊かな音楽となっている。
伊藤の円熟した味わいに満ちた演奏が聴けたことが嬉しい。
コメントをお書きください
admin (木曜日, 21 4月 2022 05:49)
1