ハンガリーの名ピアニスト、アニー・フィッシャーによるシューマン、クライスレリアーナ、Op.16。E.T.A.ホフマンの小説「雌猫ムルの人生観」に登場する楽長ヨハネス・クライスラーをモデルに、8曲からなる組曲として、1838年6月から10月にかけて作曲した。
シューマンは、クラーラに、
「僕たちの人生、君のまなざし。」
と書き送った。クラーラとの結婚実現に向け、シューマンはヴィーン進出を企てたものの、ヴィーンでは新しい音楽新聞も出せないまま、兄エドゥアルド重病の知らせを受け、ライプツィッヒへ戻る。クラーラの父、フリードリッヒ・ヴィークは、娘と結婚するなら酒・たばこを止めて身を固めよと、シューマンに忠告していた。シューマンは、なぜ、ヴィークの忠告を真摯に受け入れなかったか。シューマンの酒についてはライプツィッヒでは有名で、自ら後悔するほどだった。そう思うなら、なぜ、止めなかったか。文士として、酒を傍らに議論にふけっていたからだろう。それが、かえって命取りになった可能性もある。
フィッシャーの演奏には、シューマンの2面性、フロレスタン・オイゼビウスがクライスレリアーナにも潜んでいることをしっかり捉えている。深い詩情、歌心。第6曲での素晴らしい歌心は絶品である。第3曲、中間部の憂いに満ちた歌も忘れられない。第8曲はクライスラーの死を描いたもので、シューマン自身の死を描いたともいえる。ホフマンが46歳でこの世を去ったことを思うと、シューマンも46歳で世を去っている。シューマンは、クライスラーの中に自分が狂死するだろういう予感を抱いただろう。事実、シューマンも狂気に閉ざされたまま、亡くなった。フィッシャーもそれを読み取っていた。
フィッシャーには、ベート―ヴェン、ピアノソナタ全集もあり、これは注目すべき名演である。シューマンでは、他にも注目すべき演奏があるような気がする。
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