井上道義がNHK交響楽団、第9演奏会に登場する。2024年限りで引退を宣言した井上が、渾身の限りの指揮でベートーヴェン、交響曲第9番、Op.125「合唱」に挑む。
ソプラノ クリスティーナ・ランツマッヒャー、アルト 藤村美穂子、テノール ベンヤミン・ブルンズ、バス ゴデルジ・ジャネリーゼ。合唱 東京オペラシンガーズ、新国立劇場合唱団。
第1楽章。ベートーヴェンの総決算と言うべき素晴らしい書法、無駄のない動機展開が見事である。井上のスコアの読みもしっかりしている。そこから、壮大な音楽を展開する。ベートーヴェンが自分の生涯を振り返りながら、何を思い、考え、語ったか。全てを見通した上で、音楽を作り上げている。
第2楽章。スケルツォでも壮大な音楽作りが見事である。造形力もしっかりしている。中間部の歌心が素晴らしい。渾身の力がみなぎっている。
第3楽章。歌心溢れる演奏。ベートーヴェンが愛した2人の女性、アントーニア・フォン・ブレンターノ男爵夫人、ヨゼフィーネ・フォン・シュタケルベルク男爵夫人の面影を表現しているようである。1821年、41歳で世を去ったヨゼフィーネへの思いも隠れているようである。ベートーヴェンの思いが満ち溢れていた。
第4楽章。オーケストラの序奏。第1楽章から第3楽章の回想、シラー「歓喜に寄す」の主題が聴こえ、盛り上がる。冒頭の激しい動機から、バスが「友よ、この音ではなく、喜びを」と歌い、「歓喜に寄す」が始まる。ジャネリーゼの力強いバス、ブルンズ、藤村、ランツマッヒャーが加わり、素晴らしいアンサンブルを聴かせていく。東京オペラシンガーズ、新国立劇場合唱団も見事である。ブルンズが「英雄のごとく歩め」と歌い出す。見事な歌唱だった。井上も歌い、オーケストラ、ソリストたち、合唱を引っ張っていく。
シラーがこの詩を書いた時、酒宴での即興だった。ベートーヴェンも酒好きで、友人たちとビール、ポンスを楽しんでいた。そのような雰囲気だったとすれば、人類愛は拡大解釈かもしれない。と言っても、この交響曲が今でも歌い継がれていることは事実である。「全ての人は兄弟となる」というメッセージが、多くの人々の共感を呼び、平和と愛のメッセージ、人類愛のメッセージともなっていることもまた、事実だろう。2月に始まったロシアのウクライナ侵攻が裏付けている。1989年のベルリンの壁崩壊、東欧革命、1990年のドイツ再統一、これらの歴史を見ても、もう一度、ベートーヴェンがこの作品に込めた意味を考える意義があるだろう。クルト・マズアがライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団と共に来日してのベートーヴェン・ツィクルス、第9には東欧革命、ベルリンの壁崩壊の息吹を伝えたものだったことを改めて記しておく。
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